考察

サッカーの概念を用いて、あらゆる社会的事象を分析・認識しようとする試み

20  彼は何処にいるのか

10年前に、サッカーを始めた頃、初心者の我々は、練習に参加するための練習を、よくキリン公園でやった。
公園で遊ぶ周りの人に迷惑になることは分かっていた。でも、中年が小学生に混じって公園でボールを蹴る景色も悪くない、と勝手に思い込んで、目が薄暮の中で悲鳴を上げるまでボールを蹴った。
早く上手くなりたいという気持ちから始めたが、そのうち、ボールをただ蹴ることだけが目的になった。
ボールは、良い回転で転がる日と複雑な軌跡と回転を見せるときがあった。
その人総監督は寡黙だから、ボールの軌跡と回転の中にその日の気持ちを正直に刻みつけていた。何度も同じ失敗を繰り返した。納得のいく球筋のボールが蹴れるまで練習は続いた。と言いたいが、納得のいく球筋が何か、二人とも分からなかった。
ボールは、突然軌道を外れると公園外れの草むらにもよく飛んでいった。彼は、ボールを追いかけ、探し、そして見つけ出す時も、パスを出すときと同じリズムを崩さなかった。ボール探しもサッカーだった。
週末に一人横浜新道を走るのもサッカーだった。
正月三が日もよくグラウンドに出ていた。世間体を気にする私は、彼に付き添うという言い訳を考えて、喜んでこれに参加した。
グラウンドでは、よく石を拾っていた。泥濘があると砂をまいて整地した。練習に来たメンバーによく声をかけた。一人で丹念にストレッチをした。奥さんを愛していると何度か聞いた。みんなサッカーだった。
何か問題を見つけると、彼にボールを蹴ってそのリターンを参考にした。
期待した球筋のボールが帰ってくるとは限らなかったが、彼から蹴り返されるボールの軌道はいつも優しかった。彼は、意図していなくてもポストプレーの出来る位置にいたので、見つけるのは簡単だった。そして、どんな雑なボールを蹴っても必死に追いかけた。
彼は、ポストプレーだけでなく、自ら鋭いボールを蹴ってきたことも何度かあった。その中の1回だけには直ぐに反応できたが、大事なことになると小声になる癖の彼のせいで、見過していたことも多くあっただろう。おまけに、もっと強いパスを期待して彼に大声を上げたことすらあった。でも、強いパスはトラップが難しいことを知っている彼の方からは、いつでも優しいパスを送り返してきた。
 
何度思い出しても、サッカーを味わっている姿しか思い出せない。
我々が帰るところに少し早く帰っただけの彼は、語り得ぬものをサッカーで語っていた。これまでグラウンドで確かめることができたありのままの彼の球筋を、今度はどうやって確かめるかだ。せめてこれからも、自分の胸の中にある小さなグラウンドで、練習は続けたいものだ。
 (7/15)

 

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