考察

サッカーの概念を用いて、あらゆる社会的事象を分析・認識しようとする試み

１３　蟹歩きを哲学する（金曜日の推理）

仕事に疲れ切った金曜日の夕べになると、週末のサッカー練習のことだけが頭の大半を占めるようになり、仕方なく、本当に仕方なく、「のろま」という居酒屋に出かけるようになる。
ここでは、飲んだくれているだけではない。
サッカーを肴に、少しのアルコールの助けを借りながら、実はあらゆる推理を論証しているのである。
金曜日の居酒屋に集まる中年をただの飲んだくれと思いこんでいる関係者に対し、この惚け防止に効果的な金曜日の居酒屋の会話内容を紹介しよう。
 

我々は、ある試合（２００３年５月）を思い返していた。 

試合の後で、某ＦＷ（レッツ５ン／武田／背番号５／バッカス幹事／４７歳、以下個人情報保護の観点から、某ＦＷという）は、私に

• 「横の動きって何だ？」 

と率直に尋ねてきたことがあった。
試合前にＴＤから某ＦＷに出された指示は、単に「横の動き」だけだったため、某ＦＷには、修飾語の伴わないこのTDの言葉の意味が不明だった。そこで、その試合で無得点に終わった某ＦＷは、その原因を、試合開始前のＴＤの意味不明な指示に求めていた。
他方で、その試合の某ＤＦは、某ＦＷが無得点に終わった原因を別の観点に求めていた。すなわち、

• 某ＦＷが、誤って「横の動き」の意味を体の向きが横の動き（カニ歩き） 

と思って実行していたのではないか、と推測していた。

能勢は、この疑問を知り、掲示板で、

• 横の動きとは、オフサイドに引っかかりにくいような動きのことではないか

と的確で短めの解説をしてくれていた。
しかし、某ＦＷに対する疑念は消えていない。
 
 金曜日の晩に、さらに泥酔者間で問題となったのは、このノイズの解説の意味であった。

なぜ横の動きは、オフサイドに引っかかりにくいのか

ＤＦは、人生というものを常に背理法で考える訓練を受けている。では分析しよう。
横の動きとは、オフサイドにならないカニ歩きのことだ、と仮定する。
でも、某FWが慣れない蟹歩きをしたとき、つい転んでしまい、気がついたらオフサイドになっているかもしれない。だから、最初の仮定（横の動き≒カニ歩き）は間違っていることになる。 
いやいや問題は、「横の動きをすると、なぜオフサイドにならないのか」だ。
熟練したＤＦは、別の推理を働かせる。
もし、某ＦＷがカニ歩きしていたとすると、副審からすれば、グラウンドでお遊戯をしている人としか見えないだろう。だから、仮に某ＦＷがオフサイドの位置にいても、（サッカーの）プレーに参加していないことになる。即ち、副審から見ると、カニ歩きの某ＦＷは、ただのお調子者で、オフサイドになるようなサッカープレイヤーではないことになる。
能勢の言う「オフサイドに引っかかりにくいような横の動き」とは、やはり、カニ歩きかも知れない。
だから、絶えずＤＦは、「カニ歩きのお遊戯ＦＷ」と「横の動きをする俊敏ＦＷ」を峻別するために、目を配らせなければならないことになる。
 
でも、この見解が正解だとすると、「じゃあ、カニ歩きプレーヤーは、忙しい週末に何をしにグラウンドに来ているんだ！」という別の疑問が湧いてきて、やはり振り出しに戻ってしまう。
いや、問題は、背理法自体にある。
完全に見えるシステムでも不完全性すなわち矛盾を抱えているという、不完全性第１原理だ。他者から見て矛盾の無いように装うシステムにも必ず不完全さを内包しているはずだ。この原理によれば、「絶対にオフサイドにならないカニ歩きがある」ということは、「カニ歩きをするとオフサイドになることがある」、ということも同時に意味しているのだ。矛盾があることこそ、そのシステムが完全となるための必須の条件だから。
オフサイドにならない横の動きであるはずの「カニ歩き」は、完全な格言であればあるほど、「オフサイドになる場合もある」ことになる。結局、不完全性第一原理を確知した優秀な副審こそ、カニの横歩きをするＦＷの予測不可能な行動に惑わされるのである。
しかし、あの日TDから某ＦＷに指示されたのは、こんな異次元の動きのはずはない。でも、これをまだＴＤに確かめていない。
 
結語
我々は、金曜日の夜、某ＦＷの蟹歩きをタタキにして食べていたのかもしれない。（2003.6.11）